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ある報告書は、患者がリビング・ウィルによって、人工的な延命措置を拒否しているケースに出会ったら、「生前にその意思が何らかの形で表明されている場合は、医師はその意思を十分に尊重する」と明記している。
患者が尊厳死を希望しているときは、積極的な延命措置は停止してもいいというのである。
この場合、「医師は法的責任を問われないものと考える」ともいっている。
ただ、このことをより厳格にするために尊厳死を求める患者のために法の整備を行なうべきであると提言している。
患者が尊厳死を望んでいるとの文書がない場合は、患者本人がその意思を口頭で証言していたり、重体でその意思表示ができないときは家族の同意を得ただけでもいいとしている。
家族が患者本人からその意向を聞いているときは、それが「本人の意思に準ずる」と考えてもいいと明記している。
さらに医療機関は、このような場合に患者の意思を確信するための「医療意思決定組織」を設けて、その経緯を正確な文書で残すことも必要だといっている。
末期医療には、結局三つの処置方法しかないといって、印患者の回復を願っての制限のない医療、患者に残された幾つかの治療方法からの治療の選択、生命維持装置を停止するということになるわけだが、このうちのどれを選択するかは医師が患者本人や家族と相談して決めるというのである。
この報告書は、とくに「安楽死」の危険性についてもふれている。
ここでいう安楽死とは、積極的安楽死をさしているわけだが、これについてははっきりと否定の立場に立っている。
日本では安楽死を合法と認める要件は厳しく、実際に容認される事例はまだでていない。
そして、安楽死の要件を立法化すると乱悶される恐れがあり、現状での立法化は不適当だというのである。
この報告書は、日本のこれまでの尊厳死運動の方向に沿ってまとめられている。
「死」をタブーにしてきたため、日本の社会では末期医療は表面きって論じられることはなかったが、現状はそのような段階ではない、医師は大胆に死の処置について対処の方法を考えるべきだとも提言しているほどである。
新聞などがこぞって、第一面に「日本医師会が尊厳死を容認」と大見出しで報道したのも当然であった。
それほど大きな意味をもっていたのである。
日本医師会内部の「医事法・社会立法委員会報菩」(昭和五十二年)では、患者のリビング・ウィルを「医師が人工的延命装置取り外しの責任を問われた場合にその責任を阻却するための意味をもつが、それ以上の意味をもたない」と定義していた。
つまり積極的にリビング・ウィルを考慮することなど考えていなかった。
昭和五卜六年にリスボンで開かれた世界医師会総会での宣言(リスボン茸言といわれる)では、患者の権利を認め、尊厳死を容認することが確認された。
だが日本医師会はこれにも同調せず、むしろ悪者の権利を認める姿勢には消極的であった。
それだけに、日本医師会生命倫理委員会の報告書は、その姿勢を大きく変えることを意味した。
当然、多様な反響があった。
朝日新聞の報道では、日本弁護士連合会の阿佐美信義副会長が、「報告書では、本人の意思が明確でない場合でも、家族の意思で延命措置を打ち切ることができる。
自己決定権が拡大されているわけで、これは行きすぎのような感じがする」という見解を述べている。
N・Y大阪大学名誉教授も、「家族の同意でもよいとするのは、患者本位の視点からは逸脱しているように思う」と批判的な見方である。
医師たちは「少し性急すぎる。
いつも医師会は極端から極端に走る」といって、家族の意思を尊重するというのは医師には都合がいいが、社会的には問題であろうと指摘している。
尊厳死運動に取り組んできた医師、法律学者、文化人などは、「全体に論旨が粗く、未整理な部分が目立つ」といっている。
日本尊厳死協会理事長の沖種郎は、協会の会報で、なぜこのような荒っぽい報告書が発表されたかと前置きして、検察側が東海大学付属病院の「慈悲殺事件」の徳永医師が起訴されるか否かを決定する瀬戸際だったからではないかと推測している。
この決定に先だって日本医師会としては姿勢を明確にする必要があったといい、「(この事作は)単なる個人的事件ではなく、いまの医学教育、医療体制の根幹に触れる問題の表面化ととられるから、医療業務を総括する職能団体として、日本医師会は何らかの公式見解をだすべき立場に置かれていた」との見方を打ちだしている。
確かに日本医師会は、この報告書によって東海大学付属病院の徳永医師の行為を現行の医療体制のもとでは認められないと意思表示をしたともいえる。
これは日本医師会としては思いきった結論だった。
ふつう日本医師会は医師の職能団体として、たとえ医師側に不利な点があってもそれをカバーする体質をもっているのだが、末期医療のあり方ではもうそういう姿勢が通じなくなったのである。
沖は、報告書が日本尊厳死協会の方向にあるという意味で歓迎できるが、三つの疑念があるといっている。
その三点とは、印尊厳死の意思表示が口頭でよいこと、②「十五歳未満の子供でもできる」ということ、家族の代理でも構わないということ、である。
口頭では悪層されるし、家族の代諾でいいというのは日本的な習慣におもねっているというのである。
臓器移植でも家族の同意ですまそうとするのと同じ線上にあるというわけだ。
沖にいわせれば、「哀族が患者の)リビング・ウィルを代わって提示すること」と「リビング・ウィルに代わって哀族が悪者の)意思を伝えること」は根本的な違いがあり、生命倫理委員会はこのことを明確に区別して説明すべきだというのである。
この指摘は妥当性があるだろう。
さらに報告書では、「民法との関係から、十五歳以上の者が自ら書いたものであることが本来は必要とされようが、自らの意思決定をする能力がある場合には十五歳未満の者でも差支えない」とあるが、十五歳未満の者にこのような意思表示ができるかと問うのである。
この点について、日本尊厳死協会の理事で、日本弁護士連合会の元会長・北山六郎がやはり会報で批判している。
「民法の関係というのは、民法第九六一条の『滴十五歳に達した者は遺言をすることができる』という遺言能力の規定であろうが、リビング・ウィルは財産に関する意思ではなく、自己の生命の最後のあり方と考えるべきで、一般にいう遺言よりも軽く見るのはおかしい」と指摘している。
「自らの意思決定をする能力がある場合」ということを、誰がどのように判断するかという点でもきわめて困難がつきまとう。
こうしたいい方は、少々軽率すぎるのではないかというのであった。
だが、日本でも尊厳死について、公式に論じられなければならない段階にはいったという点で、報告書は意義があるとの見方は共通している。
日本医師会のこのような動きは、近い将来、医療現場に影響を与えてくることになるだろう。
だが、尊厳死はこの時代の基本的な文明観に関わりがあると思うが、そのような論があえて避けられているとの感は否めない。
そういう根本的な問いかけがなしに事態が進むのは、日本だけのように思われる。
その点が問題だと思う。
さらに現在の高度医療にもとづいた医療観による具体的な判断の基準も必要という声が医師の間からもあがっている。
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